映画週報「事後承認」(2024/12/9~2024/12/16)~クリストファー・ボルグリ監督「ドリーム・シナリオ」、小栗旬監督他「MIRRORLIAR FILMS Season6」、トマ・カイエ監督「動物界」、パブロ・ベルヘル監督「ロボット・ドリームズ」~
毎度ご訪問ありがとうございます。ふじけんです。
1週間に観た映画の感想や解釈をまとめるシリーズです。久々に1週間分です。
今回は2024/12/9(月)~2024/12/16(月)に観た作品、クリストファー・ボルグリ監督「ドリーム・シナリオ」、小栗旬監督他「MIRRORLIAR FILMS Season6」、トマ・カイエ監督「動物界」、パブロ・ベルヘル監督「ロボット・ドリームズ」となります。
1回しか見ていないので、記憶が不正確な箇所があるかもしれませんが、振り返ってまとめておこうと思います。
※作品のネタバレを含みます。また個人の感想であり、事実とは異なる記載が含まれることがありますのでご容赦ください。
クリストファー・ボルグリ監督「ドリーム・シナリオ」
私が観た回はそれなりに劇場が埋まっていたのだが、ニコラス・ケイジが主演なので観ましたという方はどれだけいるのでしょうか。しかし、本作はニコラス・ケイジという俳優がうってつけだったように思いました。主人公のポールは大学教授ですが、うだつの上がらない男。しかし、ステレオタイプの悪い大学教授のイメージにぴったり当てはまるように、自分に対する言動は些細な事を気にするわりに他人に対しては無神経で、プライドが高いという”嫌な奴”です。
本作の夢に出る男というアイデアは現実のインターネットミーム「This Man」から着想したと思われます。この「This Man」は想像上の人物(キャラクター)だったのですが、本作では、夢の中に出てくる男が作中世界で実在し、そして夢の中での行動が良くない方向にどんどん変化していきます。
本作を観て疑問に思った点は下記の通り。
夢の中では何もしなかったポールが、なぜ広告代理店の女性の夢の中では彼女に手を出したのか。
夢の中では何もしなかったポールが、なぜ人々を攻撃するようになったのか。広告代理店の女性の家で、夢の再現をしようとして失敗した後に、このような状態になったが何が原因なのか。
彼はあるときから人の夢に入り込む力を失う(そのためNorioを利用している)が、その理由は何か。
これは私の仮説ですが、夢の中に「本当に大学教授のポール・マシュー(真)」が出てきた人は家族や大学の生徒の一部のみで、他の大勢は「夢の中に出てくる男は大学教授のポール・マシューである」という情報を見て、自分の夢に「大学教授のポール・マシュー(?)」が出てきたと錯覚したか、もしくは夢に「大学教授のポール・マシュー(?)」は出てきていないが、SNS上でバズっているから便乗した嘘つきなのだと思います。
つまり、上記の一連の出来事はポールが超常的な能力を持っているのではなく、元の「This Man」のインターネットミームの拡散と同様、SNSで拡散される情報が次第に変化していっただけで、広告代理店の女性が夢で(性的に)襲われたり、世界の人々が襲われたりしたという情報は真も偽も合い混ぜになった状態だったと考えました。
要するに単にSNS上のバズだったのですが、ポールはテレビ番組に出て、「自分には何かしらの特殊な能力がある」とうそぶいてしまったがために、夢で人々を襲い始めた際にその責任を負うことになったのです、自業自得です。
(ポール・マシュー 演:ニコラス・ケイジ)
クリストファー・ボルグリ監督は前作「シック・オブ・マイセルフ」でSNSでバズるためにケガや病気をする”愚かな”女性を描いていました。監督は本作でもしっかりSNSの弊害をメインテーマとして取り扱っていて、SNSのバズに便乗しようとした中年男性が、当然そのバズをコントロールできずに破滅する話なのだと私は観ました。
愚かですねぇ
小栗旬監督他「MIRRORLIAR FILMS Season6」
小栗旬監督他としてしまいましたが、小栗旬さん、 岡本多緒さん、鬼木幸治さん、浅野忠信さん、増田彩来さんがそれぞれ10分程度の中短編の作品を制作しています。
小栗旬監督「1/96」は、チアフルな内容となっていました。小栗旬さんの自伝的な、日記的な作品ですかね。カップラーメンとタバコがとても美味しそうに描かれていました。浅野監督の「男と鳥」は変わった作り方をしていて、というかこれ撮るの大変だったろうな、、、という感想です。箒に二人乗りとか大変だったんじゃないかな。。。雪という舞台も相まってスキーのような疾走感のある作品でした。
個人的に一番のお気に入りは鬼木監督の「FAAAWWW!!!」ですね、、、怖すぎる。呪いが強すぎる。罪悪感による妄想や幻覚として解釈するより、強力な祟りとして解釈した方が恐怖を味わえるかと思います。妻子の存在を時系列を遡って抹消してますからね。。。ここまで強い呪いは近年のJホラーでも見たことないです。
トマ・カイエ監督「動物界」
奇抜なルックに反して王道のヒューマンストーリーでした。一般の人と動物に変化した人が共存している世界はX-MENのミュータントの同じ課題を孕む世界ですね。彼らに理解を示す人もいれば、彼らを拒絶する人もいる。これは現実世界だと病気だったり、移民だったり、様々なメタファーとして捉えることができます。
ストーリーは父子の物語であり、思春期の子離れ親離れと見ることができるでしょう。ラストシーンはあらいぐまラスカルや細田守監督「おおかみこどもの雨と雪」を想起してしまいました。ラストシーン後の父親フランソワの人生を想像すると、その決意の重さに感動させられました。
(左 エミール 演:ポール・キルシェ 右 フランソワ 演:ロマン・デュリス)
パブロ・ベルヘル監督「ロボット・ドリームズ」
先ほどの「動物界」と同様、ウェルメイドなストーリーなので「良かった」以外の感想が浮かばないのですが、あえてツッコんでみようと思います。
このロボット・ドリームズの世界では、動物が擬人化されているのですが、それとは別にロボットが登場しています。ロボット自体はこの作中世界で普及しているのですが、「動物たち」と「ロボット」は別の存在として描かれています。そして、主人公の犬君は、動物のパートナーがいない寂しさから「ロボット」を購入します。これは現実世界で考えると「人間」と「ペット」のような関係に見えます。現実世界でも「ペット」と出かけたり、ペットと写真を撮ったりしますしね。
さて、この作品の「ロボット」が現実世界における「ペット」だと考えた場合、とある事情によって離れ離れになった飼い主とペットだったが、ペットが他の飼い主に引き取られ、最後に再開を果たす、果たさないという話になります。しかし、そうだとするとラストシーンのロボット君の非常にセンチメンタルで高度な判断を現実世界における「ペット」に出来るでしょうか?たぶん尻尾を振って元の飼い主のところに駆け寄るのではないでしょうか。
私は本作の犬君とロボット君の関係性を同性愛のカップルと観ました。具体的にいうと犬君はバイセクシャルの人のメタファーです。
元カレ(元カノ)には新しい彼氏(彼女)がいて、ロボット君にも自分を救ってくれた彼氏(彼女)がいる。今の自分は今のパートナーの好みに染まってしまっている(カセットデッキが二つ、ロボット用と今のパートナー用の二つあるのはその隠喩)。声を掛けたいけど、お互いの今の生活を壊したくない。だから遠くから、二人の楽しかった思い出の曲を掛けて、一緒に過ごした時間が楽しかったことを確認した、というラストシーンかなと思いました。
この関係性は異性愛者の元カレ(元カノ)でも当てはまると思うのですが、私が同性愛の関係だと観た理由は「動物」と「ロボット」では決して生殖ができないからです。
犬君は途中ダックさんと良い関係になるじゃないかと思いますが、ダックさんがメスであるとは分かりません、そもそも犬君がオスであるとも分かりません(おそらくオスですが)。そこは意図的に性別が分かることを排除しています(性器を描かない)。この作品の世界における”普通の関係性”は冒頭のシーンであるとおり、動物同士のパートナーです。少なくとも犬君はそういった”普通”の関係を築くことができていません。ダックさんと”普通の関係”を築こうとしますが、ダックさんはヨーロッパに行ってしまいます。
あとは、仮に犬君(犬さん)かロボット君(ロボットさん)のどちらかを女性だとすると、お互いに少々未練がましいというか笑、女性の方は恋愛に関しては前向きな気がします(個人の感想です)
この映画を観て思い浮かんだのは槇原敬之さんの「もう恋なんてしない」の歌詞です。なんというかこの歌の歌詞も非常に未練がましいですよね(良い意味で)。




