映画週報「事後承認」(2025/3/18~2025/3/24)~中村健治監督「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」、ガイ・マディン監督「ギムリ・ホスピタル」及び「アークエンジェル」、エドワード・ベルガー監督「教皇選挙」~
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先週末3月20~22日公開作品は面白そうな作品が多かったですね。
1週間に観た映画の感想や解釈をまとめるシリーズです。
今回は2025/3/18(火)~2025/3/24(月)に観た作品、中村健治監督「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」、ガイ・マディン監督「ギムリ・ホスピタル」及び「アークエンジェル」、エドワード・ベルガー監督「教皇選挙」となります。
1回しか見ていないので、記憶が不正確な箇所があるかもしれませんが、振り返ってまとめておこうと思います。
※作品のネタバレを含みます。また個人の感想であり、事実とは異なる記載が含まれることがありますのでご容赦ください。
中村健治監督「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」
フジテレビ「ノイタミナ」枠で2006年に放送されたオムニバスアニメ「怪 ayakashi」の1編「化猫」から派生して製作されたテレビアニメ「モノノ怪」の劇場版3部作の第2作、とのこと。(映画ドットコムより)
Youtubeで上映1週間前から、本作の主人公でもある「薬売り」が登場するアニメ作品が限定公開されていました。「怪 ayakashi」の「化猫」と、「モノノ怪」の「海坊主」、「鵺」、「化猫」は観ることが出来ましたが、「のっぺらぼう」と「座敷童子」は見逃しましたね。見た中だと「怪 ayakashi」の「化猫」が好きでした。皆様も配信サイトで過去作を探すときは「怪 ayakashi」と「モノノ怪」の両方で検索することをオススメします。
私は劇場で本作の予告編を見て、その美麗なビジュアルと女性の低い声(フキのセリフですね)に惹かれて、前作「劇場版モノノ怪 唐傘」を配信サイトで見て臨みました。初めてモノノ怪を観た時は「形は分かるけど、理と真はよく分からんなぁ、あとなぜ変身するのだぁ?」と思ってましたが、アニメシリーズを見るとだいぶ飲み込めたような気がします。アニメシリーズは上映中は無料配信した方がよろしいかと思います。
あと、登場人物の関係性を把握するためには、下記の相関図は事前に確認しておいても良いかもしれません。
🗒️大奥勤めの心得
— 『劇場版 モノノ怪』公式 @「火鼠」3.14(金)劇場公開! (@anime_mononoke) 2024年7月25日
「関係図」
大奥内の関係を覚えることも重要です。#劇場版モノノ怪 唐傘#モノノ怪 pic.twitter.com/xGx4lPUVYG
本作は天子様の寵愛を受ける御中臈(おちゅうろう)の嫉妬がテーマであり、前作の女中の虚しさ(渇き)よりもドラマ的に面白く、分かりやすかったように思います。本作のモノノ怪は火鼠でしたが、天子の子を宿したフキを守る(フキに危害を加えるおそれのある人間を燃やす)ように怪異現象が発生していました。その火鼠はフキと同様の境遇におかれた御中臈の子を殺してしまった母親の後悔の念だったのですが、子に焼かれるその姿は自らを罰し続けているようで悲しかったですね。
(左 時田フキ 右 時田良路)
さて、続編ですが、蛇神とのことで、蛇は「水の神」ですから、おそらくは「お水様」の形なのだと思います。エンディングで3つ柱が映されていますが、あれは天照、月読、須佐之男でしょう。祠?と柱をつなぐ綱が須佐之男のみになっていたので、綱が全て切れるときに何かしらの封印が解かれるのでしょう。なぜ大奥に「くっさい」と言われるお水様が「在る」のか、その真と理が明かされるのだと思います。
個人的な予想ですが、日本神話には天照、月読、須佐之男の末弟である加具土命と言われる神様がおり、彼は母を焼いていますので、この加具土命を鎮めるために、お水様が置かれたというのが、真のような気がします。渇き、嫉妬と暑さや火をイメージするモチーフが続いているので、怒りを連想する業火あたりがモチーフな気がしています。登場人物としては、天子様とその母親、司祭である溝呂木北斗が話の主人公になりそうな気がします。天子様が大奥についてどう思っているかはこれまで語られていないですからね。楽しみです。
(溝呂木北斗)
ガイ・マディン監督「ギムリ・ホスピタル」、「アークエンジェル」
シアター・イメージフォーラムで開催中の「NIGHTMARE OF GUYMADDIN ~倒錯する悪夢の狂宴~」という企画で上映されている作品です。毎週映画を観るような層の観客にはおススメです。どちらかしか選べないならば、「ギムリ・ホスピタル」を推しておきます。こちら長くなってしまったので、別記事にしました。良かったらご覧ください。
エドワード・ベルガー監督「教皇選挙」
第97回アカデミー賞で脚色賞を受賞した作品で、観た人が軒並み面白いというので、観に行きましたが面白かったです。なお本作は教皇選挙が物語の舞台となりますが、フィクションです。
キリスト教カトリックの知識は大して必要ないです。私もまったく詳しくないですが充分に楽しめました。口では謙遜するものの、心の内では教皇になりたい枢機卿達の欲望渦巻くソリッド・シチュエーション(限定された場所で物語が繰り広げられる映画)の映画として楽しめます。
それでも本作に関連するキリスト教カトリックに関する知識を入れておきたいという人には、キリスト教と難解な映画の解説に関して定評のある(と私は思う)守鍬氏の下記Youtube動画を見ておけば良いかと思います。
内容については、観て楽しむべしなので言及しませんが、私が本作を観てこだわりを感じたのは、色の表現、特に赤の表現です。趣味で写真を撮ることが多いのですが、赤は他の色に比べると色飽和しやすく、カラーコントラストが低い画面になりがちなんですよね。色飽和については例えるならば、本来は赤に200色あるにも関わらず、写真、画像にすると2色ぐらいで写ってしまい、のっぺりとした画面になってしまう現象とお考えください。
本作は赤そして紫の発色が鮮やかでしたが、カメラの露光量を下げて全体的に暗めに撮影することで、赤つぶれしないように撮影していたように見えます。撮影時につぶれてしまった色情報は、後でレタッチしても復元できないですから、もともと暗めに撮影して、後で明るさを引き上げたのだろうと思います。そのため、全体的に暗めな、用語でいうならばローキーな仕上がりとなっていたと考えます。
本作は全てのシーンがスクショして部屋に飾っても様になるような絵画的な美しさで撮影されていて、監督、撮影班、ポスプロ班のこだわりを感じました。



